太田勝洪記念中国学術研究賞について(略称 太田記念賞)
2004年 3 月27日,元中国研究所理事長(1992~98年),日本現代中国学会理事の太田勝洪
(かつひろ)法政大学教授が急逝された。享年68歳。遺族の太田博子氏が故人の遺志を汲んで、「現代中国研究の発展のために」と中国研究所に多額の基金を寄贈された。中国研究所はこれを受けて、日本現代中国学会の参加も得て、「太田勝洪記念中国学術研究賞」を創設することとした。
 
 太田勝洪記念中国学術研究賞規則(2004年10月25日制定)
1.趣旨: 元中国研究所理事長,日本現代中国学会理事故太田勝洪氏の遺志をうけて,「現代中国研究の発展のために」と遺族が中国研究所に寄付された基金を活用して,当年の優秀な中国研究論文を選定して,表彰するものである。
2.対象 :当年間発行の『中国研究月報』,『中国年鑑』および『現代中国』所収の諸論文。
3.優秀論文表彰者には賞状および賞金10万円を贈る。
4.運営委員会は同賞の運営全体を管理する。運営委員会は中国研究所理事会,委員長は中国研究所理事長がこれに当たる。
5.論文審査委員会は中国研究所編集委員会および日本現代中国学会の代表によって構成する。おおむね年初までに審査を終了し,候補論文を選定し,運営委員会に報告する。
6.同賞の発表は中国研究所新年会において行う。                    
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2020年授賞作品(第17回)
 
片山ゆき「医療保障をめぐる官民の攻防―ITプラットフォーマーによる新たな医療保障の提供」(『中国研究月報』2020年4月号)
 

【推薦理由】
 片山論文は、高齢化の進む中国での医療保障をめぐる状況が、デジタル化という新たな社会環境の中でいかに変化したのかということを、アリババグループ傘下の金融子会社による「相互宝」に注目して考察した。そして、社会保障制度構築が喫緊の課題となり、また財政支出面でも負担増が想定される中国において、こうした民間の提供する保障には、農民工などの公的保障では包摂しきれない層を取り込む新たな可能性があること、すなわち新たな公私ミックスが育まれようとしていることを析出している。だが、同時に片山氏は、これはあくまでも「結果的」な事象に過ぎず、「相互宝」なども「全ての国民を対象としているわけ」でもないし、またそれへの加入やサービスの可否も運営主体たるアリペイにより決定されており、国民の権利たる社会保障とは言えない、との課題を指摘する。つまり、民間による医療保障が公的保障の手が届かない部分を補う効果を有してはいるものの、社会保障とは必ずしも言えない、というのである。
 この論文は、澤田ゆかり氏による特集「社会保障における多元主義の台頭と課題」に採録された論文だ。片山論文は、この特集のタイトルにある社会保障における多元主義のありようと、その課題を的確に描き出したものだと言えよう。また、澤田氏が指摘するように、社会保障における多元化という論点は、中国研究にとってなじみのあるものだ。すなわち、歴史的にみて、中国では官による統治は基層社会にまでは行き届かず、「民間」の中間団体などが国家・社会間の緩衝帯となって秩序維持に大きな役割を果たしてきたことが知られる。中央政府の提供するサービスが補いきれない領域を民間が補うという点で、本論文の指摘した内容は、中国の歴史的なコンテキストからも理解可能だ。他方、これも澤田氏が指摘するように、社会保障における「公私ミックス」は日本も含めていわば世界的に見られる潮流であり、むしろ中国の事例が先進的で、そこでの課題は他国も参考にできる要素をも合わせ持つ。
 本論文の意義は、中国の社会保障に関する先端的な研究であるという点や、中国研究としての奥行きがあるという点だけではない。「相互宝」に見られるような新たな現象を、単に中国的特殊事情として描くわけでも、また逆に社会保障論の事例研究として描くわけでもなく、両者のバランスを保ちながら叙述したこともまた、本論文の高く評価できる点であろう。
                『中国研究月報』編集委員会
電線

2019年授賞作品(第16回) 

 

周俊「中華人民共和国建国前夜における幹部の南下動員に関する考察―華北地域の農村・都市部の比較から」(『中国研究月報』2019年10月号) 

 

【推薦理由】

 中華人民共和国が成立する前の国共内戦末期、南方の「新解放区」に幹部を送り込む南下動員をめぐって共産党はどのような問題に直面していたのだろうか。1948年頃から国共の形勢は逆転していたが、共産党は南方に対し華北の農村部からは5万3000人、北平市・天津市といった都市部からは1万人の知識青年を送り込んだが、そこには様々な問題が存在していた。本論文は様々な問題を腑分けし、南下動員の内実を明らかにしたものである。

 共産党の動員に関する先行研究は、土地改革の恩恵を受けた農民の動員が主な研究対象であり、彼らがいかに積極的に党の動員に応じたかが語られてきた。しかしながら、近年は農民がいかに「扱いにくい存在」であったかも指摘され、動員の誘因には様々な要素があったことが指摘されている。しかも、南下動員が行われる時期は国民党軍が主戦力を失う時期に他ならず、共産党の幹部集団が積極的に動員に応じたと見なされがちであったが、動員される側の消極的対応に言及した研究も存在しており、著者はそうした先行研究の検討を通して自らの問題意識を高めていった。すなわち、著者は共産党の内部文書や公刊された資料集・回想録・雑誌類を駆使して、これまで明らかにされることのなかった南下動員における動員される側の行動や内在的心理とそれを規定する経済的・社会的条件について農村部と都市部の幹部集団・知識青年を対象として分析・検証した。1948年段階、農村部では華北農村の不況を背景に南下動員率は低く、自発的選択ではまかなえなかった。特に県級以下の下級幹部は戦局に悲観的であり、南部に対する誤解もあった。

 しかしながら、共産党の各地の党委員会は一定の自主性や裁量権をもって柔軟に動員体制を編成し、県級以上の幹部集団に主たる動員をかけ、県級以下の幹部が消極的であったのにかかわらず、何とか目標動員数を確保できた。一方、都市部では1949年1月に共産党は北平市を無血開城させたが、多くの一般市民は中立的で共産党に一定の距離を持っていた。そうした中で、知識青年を中心に南下動員を迫るが、中高生は進学を希望して応じず、進路を求める大学生や無職の青年が中心となって動員を成功させた。更に、農村部と都市部の両者を比較するにあたり、著者はその経済的社会的条件に着目した。農村では1948年段階、南下幹部は家族を持ち農地を手に入れてはいたが、労働力が不足し食糧問題も解決されていなかった。軍人家族の待遇を受けられてはいたが、代理耕作は機能不全にあり、十分でなかったため、幹部の党に対する不信が増幅し、革命の理想のために家族を見放して南下動員に参加することは過酷と考える幹部が多かった。それゆえ県級以下の幹部の中には逃亡や仮病の問題が発生し、党はこの問題を解決しなければならなかったのである。一方、都市では物価の高騰や失業の問題があったがゆえに、南下動員に積極的な知識青年は一定の幹部のポストが得られるばかりでなく、軍人家族の待遇が得られ、賃金の支払いが行われれば、よかったのである。

 本論文は極めて構成力に富み、かつ今まで十分に対象化されなかった動員される側に新たな視点で入り込み、中華人民共和国建国前夜の共産党による動員問題を通して当時の中国における経済的社会的条件を背景とした共産党の動員体制を極めて内在的に明らかにした。更に政治的思想的問題も絡ませて考察するならば、この時代の共産党が直面していた問題についてよりリアルな分析が可能となろう。その意味で本論文は現代中国における共産党史を考える上で、大いに可能性を感じさせるものがあった。著者は既に2018年12月の本研究所主催の定例学術研究会において「中華人民共和国建国前夜における南下幹部の動員―華北農村・都市の比較から」と題する報告を行っていたが、今回はそれを改稿してより緻密で構成力のある論文に仕上げた。今後の研鑽を大いに期待したい。

               『中国研究月報』編集委員会

2018年授賞作品(第15回)
古川ゆかり「中国における中間所得層の高齢者福祉の行方―浙江省仙居県域の事例より」(『中国研究月報』2018年11月号)
2017年授賞作品(第14回) 
団陽子「中華民国の対日賠償要求と米中関係―日本海軍の残存艦艇処分問題を中心に」 (『中国研究月報』2017年11月号)
2016年 授賞作品(第13回)
金野純「文化大革命における地方軍区と紅衛兵―青海省の政治過程を中心に」 (『中国研究月報』2016年12月号)
2015年授賞作品(第12回)
テグス「1960年代中国におけるモンゴル語の語彙問題―「公社」「幹部」の表記問題を中心に」(『中国研究月報』2015年10月号)

2014年授賞作品(第11回)

前野清太朗「19世紀山東西部の定期市運営をめぐる郷村政治―孔府檔案からの検討」(『中国研究月報』2014年2月号)

 

2013年授賞作品(第10回)

津守陽「「におい」の追跡者から「音楽」の信者へ―沈従文『七色魘』集の彷徨と葛藤」(『中国研究月報』2013年12月号)

濱田麻矢「遥かなユートピア―王安憶『弟兄們』におけるレズビアン連続体」(『現代中国』第87号)

2012年授賞作品(第9回)

杉谷幸太「『青春に悔い無し』の声はなぜ生まれたか―『老三届』の世代意識から見た『上山下郷』運動」(『中国研究月報』2012年10月号)

 
2011年授賞作品(第8回)
鹿錫俊 「ヨーロッパ戦争開戦前後の蒋介石―日記から読み解く中国当局者のシナリオ」(『中国研究月報』2011年8月号)
菅原慶乃 「越境する中国映画市場―上海からシンガポールへ拡大する初期国産映画の販路」(『現代中国』第85号)
 
2010年授賞作品(第7回)

篠崎守利「『紅十字会救傷第一法』,訳出と再版の意味するもの」(『中国研究月報』2010年7・8月号)

杜崎群傑 「中国人民政治協商会議共同綱領の再検討―周恩来起草の草稿との比較を中心に」(『現代中国』第84号)

2009年授賞作品(第6回) 
石井弓「日中戦争の集合的記憶と視覚イメージ」(『中国研究月報』2009年5月号)


2008年授賞作品(第5回)
堀井弘一郎 「汪精衛政権下の民衆動員工作―『新国民運動』の展開」(『中国研究月報』2008年5月号)    
朴敬玉「朝鮮人移民の中国東北地域への定住と水田耕作の展開―1910~20年代を中心に」(『現代中国』第82号)


2007年授賞作品(第4回)
大川謙作 「ナンセン(nang zan)考―チベット旧社会における家内労働者の実態をめぐって」(『中国研究月報』2007年12月号)
日野みどり 「1970〜80年代香港の青年運動―『新青学社』とその活動を通じて」(『現代中国』第81号)


2006年授賞作品(第3回)
三船恵美 「中ソ対立期における中国の核開発をめぐる米国の戦略批判の系譜 ―1961年~1964年における 4 パターンの米中関係からの分析視角」(『中国研究月報』2006年8月号)
 

2005年授賞作品(第2回)
砂山幸雄「「支那排日教科書」批判の系譜」(『中国研究月報』2005年4月号)


2004年授賞作品(第1回)
篠崎香織 「シンガポールの華人社会における剪辮論争─異質な人々の中で集団性を維持するための諸対応」(『中国研究月報』2004年10月号)
北川秀樹「中国における戦略的環境アセスメント制度」(
『現代中国』第78号)